渋谷区議会議員の鈴木けんぽうです。

 


「みんなの学校」というドキュメンタリー映画があります。ある大阪市立小学校の日常を描いたものですが、まさに「ダイバーシティ(多様性)」「インクルージョン(社会的包摂)」を形にしたような学校で感動を呼んでいます。

 

この映画で描かれている大空小学校にとても興味をひかれたのですが、「議員の視察はお断り!」という残念なルールがあります。そこで、お友達の伊藤ひろたか前横浜市議に見に行ってもらい、実感をリポートしてもらいました。

 

現状における一つの理想形です。渋谷区の公立学校もこんな感じにしていきたいなぁ。

 

ちなみに伊藤さんに求めたテーマはこちらが指定した「人格の完成とはなにかを探る」です。教育基本法1条に「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と規定されている、いわば日本における教育のゴールです。

 

人格の完成について大空小学校の教育を通じで考えてほしい、とお願いしました。

 

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みんなの学校 大空小学校

みんなの学校 大空小学校


 

大空小学校に見る、

小学校教育で目指す人格の完成とはなにか

 

 JR阪和線我孫子町駅から徒歩5分のところにある、大阪市立大空小学校(住吉区)。一学年2クラス、全校生徒数は200人をちょっと超えるくらいの小学校です。同校のドキュメンタリー映画「みんなの学校」が平成25年度文化庁芸術祭賞でテレビ・ドキュメンタリー部門大賞を受賞したのをはじめ、各種賞を受賞したこともあって、全国に一躍名前が知られた小学校です。

 

大空小学校の概要について簡単に触れておきます。同校は大阪市立南住吉小学校の生徒数増加とそれに伴う学級規模の過大化を解消するために、2003年に設立された分校でした。南住吉小学校の学級数増は当面続くことから、2006年に南住吉大空小学校として独立し、2014年に大空小学校と名称を変更して今日に至ります。また、大空小学校が立地する大阪市住吉区では2014年から住吉区の将来ビジョンとして掲げる「区民の自己決定に基づくまちづくり」に照らし、自分が通学する学校を自分で選択することが重要であるとの認識の下、2014年から学校選択制が導入されています。

 

大空小学校における特徴ある教育はテレビや映画で放映されたことも手伝って、学校選択制を利用して通学してくる児童、あるいは全国からも公立の学校に馴染めなかったと悩みを抱えて引っ越してくる児童などもいると聞いています。

 

学校選択制が導入されてからの希望者数の一覧が住吉区のウェブサイトに公開されており、大空小学校が他校と大きく異なる特徴は通学区域外からの希望者が圧倒的に多い点にあります。

 

 

自然な形でインクルーシブ教育が実践されている大空小学校

 

 大空小学校が掲げる理念はシンプルで、「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」。この方針もあって、同校は特別支援教育の対象となる障害のある子どもも、ADHDをはじめとして、感情のコントロールがうまくできない子どもも、みんなが同じ教室で学ぶ、インクルーシブ教育が当たり前のように行われているのが特徴となっています。同校の特徴ある教育の噂を聞きつけて、全国から転校してくる子どももたくさんいます。

 

 インクルーシブ教育とは障害のある者と、障害のない者が可能な限り共に学ぶ仕組みのことで、2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」の中でインクルーシブ教育という新しい概念が導入されました。

 

 これを受けて、現在、文部科学省でもインクルーシブ教育の確立は最重要課題に位置付けています。同省の資料によると、特別支援学校の児童数は約6万9000人、小・中学校における特別支援級の対象となる児童・生徒数は約18万7000人、通級指導の対象の児童・生徒数は約8万4000人と、それぞれ10年前と比べて1.3倍、2.1倍、2.3倍と増えています。

 

 インクルーシブ教育の重要性は叫ばれながら、遅々として対応が進んでいない現状があります。一般社団法人日本教育学会の機関誌「教育学研究」の2017年7月号に「インクルーシブ教育をめぐる包摂と排除」が掲載されています。この記事は大空小学校の元校長である木村泰子氏ほか、教育学の研究者によるシンポジウムの討論を原稿に起こしたもので、司会・進行は大空小学校とも関わりが深い、東京大学の小国喜弘教授です。

 

 小国教授は論文の中で、インクルーシブ教育の現状について次のように指摘しています。「日本で進められているインクルーシブ教育は、一人一人の教育権を保障しているのか。あるいは制度を通して行われているのは「排除」なのか」。

 

 この問いに対して木村元校長は、「大空小学校は発達障害のレッテルを貼られ、全国の公立小学校で学びから排除された子どもたちがたくさん、集まってくる学校。ただ不思議なことに大空小学校でインクルーシブ教育とか、特別支援教育といった言葉が教職員の間で話題になったことはただの一度もなかった。大空小学校が大事にしているのは、今使う力ではなく、10年後に社会に出たときに、自分が自分らしく、自分の言葉で語れる力をつけること。その力を獲得させてあげるのが教員の仕事だと思うが、教員は子どもを椅子に座らせようとしてしまう。これをやればやるほど、子どもたちは、「椅子に座れない子はダメなんだ」「椅子に座れない子は自分たちの勉強の邪魔をする存在なんだ」という認識を獲得していまう」と、大人が無意識のうちに排除や差別の意識を教育の現場で植えつけてしまっている恐れがあると指摘しています。

 

 インクルーシブ教育はやろうと思うと、「すごく手のかかる子どもがいたら、先生がその子にかかりっきりになってしまい、他の子の学習に遅れが生じ、結果的に学級を運営できなくなるのではないか?」という声が必ずと言ってほど挙がるくらい、理想と現実にはまだ大きなかい離があります。

 


大人と子どもに共通の、たったひとつの約束。

 

 そういう中で、なぜ、大空小学校は特別支援級を設けなくても運営が回っているのはなぜなのでしょうか。

 

 大空小学校の入り口に一枚のボードがあり、そこには「大空小学校が大切にしていること」と大きく書かれた模造紙が貼られています。たったひとつの約束と4つの力と書かれていました。

 

 大空小学で、子どもも大人もみんなが共有している、たったひとつの約束。それは「自分がされていやなことは、人にしない。言わない」。大空小学校にはこのたった1つのルールしかありませんが、このルールがシンプルであるがゆえに、学校に子どもたちの居場所があるとのこと。このたったひとつの約束は1年生、2年生の教室には標語として掲げられていますが、そこから上の上級生のクラスには掲げられていなかった様子を見ると、学校生活を通じて早い段階で子どもたちが身につけているようです。

 

 そして4つの力とは、(1)人を大切にする力、(2)自分の考えをもつ力、(3)自分を表現する力、(4)チャレンジする力、です。

 

 前述した論文から引用したように、大空小学校そのものはインクルーシブ教育をやろうと思って、今のスタイルを採用したわけではなく、たったひとつの約束をつくって運営してきたことで、結果的にインクルーシブ教育が自然と実現された学校といえます。

 


大空小学校の真骨頂が表れた卒業式

 

 すべての子どもに居場所がある学校をつくろうという木村元校長の考えもあって、発達障害のある子どもも、身体障害の子どもも、みんなが同じ教室で学んでいる大空小学校では、「みんな」の中に、同校を訪問する保護者や地域の人はもちろんのこと、噂を聞きつけて見学にやってくる、まったく第三者まで含まれています。実際、大空小学校を見学する際には、「アシスタントティーチャー」という名札を渡され、教室に自由に出入りして、子どもたちと自由に触れ合ってくださいと言われます。

 

 

 すべての子どもと学校が真剣に向き合う、その姿勢の真骨頂が現れたエピソードがあります。それは2015年3月の卒業式のこと。卒業生は42名。その中に、みんなの中で過ごすことが苦手で、学校に登校する時間を自分で決めて、学習も教室ではなく職員室で行ってきた、一人の児童がいました。

 

 その子はみんなと一緒が苦手ですから、当然、卒業式をどうするのか、という問題が起きます。大空小学校はこの児童一人のためだけの卒業式を行なっているのです。午前中に41人とその保護者で卒業式を行い、午後にその1人のための卒業式。1人だからといって、手抜きはありませんでした。午前と同じようにすべての教職員が午前と同じ卒業式の会場である体育館に集まり、同じように座り、卒業生の入場をその子の保護者と共に見守ったのです。

 

 こうした学校の姿勢は当事者である児童はもちろんのこと、午前中に卒業式を終えた児童にとっても、社会の営みについて考えるキッカケになっていることでしょう。41人の児童にとっては、卒業式だけでなく、それまでも、みんなの中で過ごすことが苦手な同級生が登校時間をずらして、職員室で勉強していたことは知っていたはずです。「あぁ、それでもいいんだ」ということを41人の児童は学校の姿勢を見てずっと学んでいました。そして、卒業式もそれまでの日常と同じように実施され、その確信を深めたことと思います。大空小学校で過ごす子どもたちはきっと、学校生活を通じて寛容さを身につけています。

 


教室の机の配置にも工夫

 

 大空小学校の寛容性を肌で感じた場面もありました。4年生の授業を見学していたときのことです。3時間目の算数の授業が始まって15分くらい経ったころでしょうか。11時過ぎくらいだったと思います。ランドセルを背負った一人の女の子が教室に入ってきました。「おぉ、来たなぁ」とクラスの男の子が声をかけていました。「どうした?」と聞くわけではなくて、「来たなぁ」。遅刻してくることも自然に受け止められていると感じました。

 

遅刻してくる子だけではなく、低学年では教室から出ていってしまう子ども、周りをおかまいなしに授業とは関係発言を繰り返す子どもなどもいましたが、そんな子どもたちを受け入れつつ、大空小学校では授業が進んでいきます。

 


 

 教室の机の配置にも工夫されています。机はコの字型に配置されているのです。

 

 この写真は正確にはコの字型ではなく、少し広がった形になっていますが、教頭先生によると、本来は児童がお互いの顔が見えるようにコの字型に配置しているといいます。ただ、最近は大空小学校の噂を聞きつけて、転校してくる児童が増えたこともあり、1クラスの人数が増えてしまい、コの字型に配置できない学年が出てきている、とのこと。

 


授業は学び合いで進める

 

 授業の進め方には学び合いが導入されていたのも特徴です。時速と距離の関係を教えていた算数の授業では、「時速と距離の関係を式で表しましょう」という先生の問いに対して、机をパッと並びかけて、4人ないしは6人で一つの島をつくり、学び合いが実践されていました。スラスラと式をつくってしまう子どもがいても、それをちゃんとグループの子どもたちにも伝えて、理解してもらわないといけません。

 

 

 そのプロセスができてない、つまり、一人の出来る子どもの力だけで、そのチームが回答を導き出しているなと見受けられれば、すかさず先生がグループに入って、「あんた、ほんま、今ので分かった?自分の言葉で説明してみて」と問いかけ、理解していないことが確認したら、「ほら、あかんやん、あんた一人がわかっててもダメなんやで、ちゃんとわかるように説明してな」と声を掛けていた。先生に話を聞いたら、「分かったつもりになるようなことはしない」ということを心がけているという。これはその先生の心がけというよりは、教員同士で日常的に意識し合っているとのこと。そのためか、大空小学校の学力調査は全国平均を上回っているという。

 

 もちろん、先生たちに戸惑いがないわけではない。特に他の小学校から転勤で赴任してきたばかりの先生は戸惑う。教頭先生ですら、最初は戸惑ったというほどだが、すぐに慣れるそうだ。

 

 

 大空小学校の1日は何気なく見ていると、他の学校と特段変わらない日常が流れているように感じます。それくらい、障害をはじめ、他の学校ではレッテルを貼られてしまうような子どもたちが自然に学校生活を送っているからです。

 

 ここで学ぶ子どもたちはごくごく自然な形で社会の多様性を肌で感じ、理解しているように思います。じっとしていられないことも、学校に遅れてくることも、たったひとつの約束「自分がされていやなことは、しない。言わない」を守っている限りは、その子の個性として自然にみんなが受け入れる環境になっています。こんな環境で育った子どもたちが大きくなったとき、人のいたみや悲しみ、もちろん喜びも、人一倍、包容力のある大人になるのではないかと感じました。

 

前横浜市議会議員 伊藤ひろたか

 

 

 

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以上です。いかがでしたでしょうか。

われながらいいテーマをいい人にお願いしたなぁと感じています。渾身のレポートでした。

 

なお、2017年12月16日に代々木上原で「みんなの学校」上映会があります。よかったらどうぞ。

私も行くつもりです。