昨年から揉めている渋谷区富ヶ谷1丁目(神山町側)の急傾斜地でのマンション建設をめぐる紛争について、大きな進展がありました。 令和8年3月31日、東京地方裁判所は住民側の申し立てを認め、渋谷区長に対し、事業者への「工事停止命令」を出すよう命じる「仮の義務付け」決定を下しました 。




これまで行政側の「適法である」という説明を信じ、その枠組みの中で最大限の安全確保を訴えてきた私にとっても、今回の「行政側の完敗」といえる判決内容は非常に衝撃的なものでした。




今回の決定のポイントと、浮き彫りになった問題の所在について整理します。




1. 問題の所在:何が争点だったのか?




この問題の本質は、「建設工事の『過程』で生じる危険を、行政がどこまで厳格に規制すべきか」という点にあります。




事業者は、既存の擁壁を取り壊し、高さ4メートルを超える巨大な崖(切土)を出現させていました 。
これに対し、渋谷区は一貫して以下の立場をとっていました。




  • 「完成時」の状態で判断すればよい:古い建物の除却、古い擁壁の除却、新しい擁壁の構築、新しい建物の建築といった 工事は一連の流れであり、最終的に埋め戻されるのであれば、途中の状態は許可の対象外である 。
  • 「ただの土砂の山」である: 発生した土砂は一時的に積んであるだけ(土石の堆積)であり、盛り土としての許可は不要である 。



しかし、住民側は「がけ崩れが起きてからでは遅い。今のこの崖が危ないのだ」と訴え、2023年に新しく施行された盛土規制法(宅地造成及び特定盛土等規制法・熱海の土石流災害をきっかけに制定)の厳格な適用を求めていました。




実際にこの地域は割と急なガケ地であり、数メートルの土が露出した工事現場に一般の住民が恐怖を覚えるのは当然のところではあります。
他方で、新しく制定された法で判断基準がまだ定まっていないこと、今までの建築行政の考え方や慣習、事業者に対する信頼などから、渋谷区は事業者に対して盛土規正法の手続きを積極的に求めることはせず、行政から安全管理を事業者に要請すれば十分である、との見解で進んでいました。




2. 地裁が下した「三点の否定」




判決文を読むと、裁判所は渋谷区の主張を以下の3つの観点から完全に否定しています。




  • 法解釈の誤り(「完成後」ではなく「過程」が重要) 裁判所は、大規模工事には長期間を要し、途中で工事が頓挫して放置されるリスクも否定できないと指摘しました 。削った時点で危険な崖が発生する以上、工事の「過程」であっても規制の対象にすべきであると断じました 。
  • 違法状態の放置 高さ4メートルを超える崖が出現している実態を、単なる「一時的な堆積」とする区の主張を退けました 。これは実質的な「切土(土地の形質の変更)」であり、無許可で行われている以上、明確な法律違反であると認定されました 。
  • 裁量権の濫用(行政の不作為) 住民の生命に危険が及んでいるにもかかわらず、区が工事停止命令を出さないことは、行政に与えられた裁量の範囲を超えた「濫用」であると厳しく批判されました 。



一言でいえば、盛土規正法が要請する安全確保をかなり厳しくとらえ、できるだけ規制を強化するよう求めた、ということになります。




なお、今回は仮の「停止命令義務付け」で、緊急性がありとりあえず違法だと判断できるからいったん工事を止めさせなさい、というものでまだ逆の結論が出る余地はあります。
それでもここまできっぱりさっぱり区が負けるとなるとその可能性も低いのではないかなと考えています。




3. 揺らぐ信頼




さきほども書きました通り、私は渋谷区の法的な判断・建築行政における判断には信頼を置いていました。




渋谷区は副区長が弁護士であり、実務担当者にも行政法に精通した専門家が多い「法務に強い自治体」という思いもありました。
また、実務家として知られる担当部長(3月末で退職)が「解釈に誤りはない」と自信を持って答えていたことを踏まえ、区の解釈を前提としたうえで、可能な限り住民の側に立った運用と安全確保を求めてきました。




今回、その根底にある法解釈そのものが「誤り」であったと司法に断じられたことで、これまでの私の対応は「あまりに軽すぎた」と反省せざるを得ません。




今後、区は裁判所の結論を受け止め、住民保護に力を尽くせ




今回の決定は「仮の義務付け」という緊急避難的な措置ではありますが、盛土規制法という新しい制度の運用において、「行政は途中のプロセスであっても住民の命を守るために厳格に法を運用せよ」という極めて重要な基準が示されました。




今後、区は今回の地裁判決を受け入れるか、あるいは争うかの2択となります。いずれにしてもいったん工事は止まります。区の主張通り宙ぶらりんでむしろ擁壁を完成させた方が安全性は高まるとしても、いったん工事が止まるのは間違いありません。




住民保護の立場から考えると、区が争う(本訴で勝つ、または即時抗告する、など)のは得策ではないと感じます。
受け入れてまず災害防止措置(法20条2項)を発するなど安全を確保し、そのうえで判決で求められた必要な手続きを整えて、改めて工事を進める方が結局は早く完成できるのではないかと思います。
ただしこれはあくまでも推測です。これらの手続きや建築現場の実態をわかっているわけではないので。




いずれにしても、渋谷区には、今回の司法の判断を重く受け止め、法の趣旨に則った誠実かつ厳格な運用に直ちに転換することを強く求めます。住民の生命を守ることこそが、自治体の最大の責務であるはずです。
仮に解釈の誤りがあったとしても、そこは「過ちは改めるにはばかることなかれ」と言います。ここで抵抗しても住民に安全は訪れませんし、また建築主や業者さんもさほど得にはならないのではないでしょうか。